First and Last....

最初で,最後の……

Written by 倉本@阪大情報(No.0000000021)

1998年2月22日.

高校3年間最後の日曜日だった.大学一斉入試を明日に控えたこの日, わたしは,決心した.

午前10時,私は家の電話を取る.何度も掛けて,そらで言えるように なった電話番号を,ひとつひとつ押す.

先週の水曜日のことだった.

「見晴ー,美樹原さんから電話よー」

私は母の声に,半ば夢の世界にいた精神を引き戻した. いけないいけない,明日までにこの問題集にはけりをつけておかないと. それにしても,この時間に何の用だろう? 私は時計を見あげる. 時間はもうすぐ午後11時を指そうとしていた.

「もしもし?」

『見晴ちゃん……』

愛ちゃんの声は消え入りそうなほどか弱かった. 泣き出しそうな声だと思った.

「愛ちゃん?」

『わたし……詩織ちゃんに嫌われるかも知れないよ……』

「ちょっと,愛ちゃん!?」

思いがけない言葉に私は驚く.

「それだけじゃよくわかんないよ. どうして幼なじみの愛ちゃんが藤崎さんに嫌われなきゃならないの?」

『だって,詩織ちゃんも私も……』

愛ちゃんはそこで息をついた.永遠に長い一息.

『彼のこと,好きなんだもん……』

……彼?

『卒業式の日に告白するんだって詩織ちゃんに言われたの.私も好きだなんて, そんなこと,言えないよぉ……』

彼って,まさか…….私は口ごもった.

『ねえ,どうしよう見晴ちゃん……』

「ごめん,またあとでかけて.」

『見晴ちゃん!?』

私は電話を投げつけるように切った.部屋に駆け込んで, 私はベッドに倒れ込んだ.

彼は…….入学試験の時,偶然となりに座った彼. かっこいい人ではなかったが,私はその姿に一目惚れした. 同じ高校に入学しているのを知って,彼のことを調べ始めた.でも, 面と向かって話す勇気もなく, できることといえば何度か廊下でぶつかって彼の気をひくことだけ. でも,それでよかった.彼の姿を遠くから見ているだけで, 私は幸せだったから.

でも……そう,愛ちゃんが彼のことが気になりだしたきっかけも, 私は知っている.そのころから,私は不安でたまらなかった. 彼が私から離れていく,そのことだけで私の胸は締め付けられるように 痛んだ.

私は,そのままベッドから起きあがらなかった.でも,眠れなかった.

Trrrrr....

『はい……』

彼の声.私は,受話器を置きたいという衝動に駆られる.でも,決心した.

「もしもし,館林です……」

『えっ?』

「あのね,お願いがあるんだ.暇だったらでいいんだけど, 今からきらめき中央公園にきてくれないかな……」

声がうわずる.泣き出しそうになる.でも,気づかれてはだめ, その想いだけが私を支えていた.

『えっ……?』

私は返事を待たなかった.

「お願い,きっと来てねっ!」

すぐに電話を切る.

返事を聞いたら,来てくれると聞いたら,決心が鈍るかもしれない. 来てくれないとわかったら,そこで全部終わってしまう. だから,聞くのが怖かった.聞けなかった.

私はいつものヘアスタイルに,普段しない赤いリボンを着けた. きっとこれが,最初で最後になる.だから,だからこそ私のこと, 覚えておいてほしい.目を引く赤いリボンだけでもいいから…….

10時27分.

彼はすでに待っていた.きらめき中央公園まで,彼の家からの方が近い. 私はそっと近づき……

ドンッ.

『えっ?』

彼の驚いた顔.普段ならあんな風に驚かないのに.私も普段なら,こんなに つらい気持ちでぶつかったりしないのに…….

「……また,ぶつかっちゃったね.」

私は無理にほほえみを作った.

「なんて,本当は偶然なんかじゃないの.」

『そ,そんなこと,誰だって気づくよ.』

そうだよ.気づいてほしかったんだよ,私のこと.

「……そ,そう? 私,館林見晴っていいます. 何度もぶつかったりしてごめんなさい.」

でも,これで最後,最後なの.あなたにぶつかるのも, あなたの顔をこんな風に見られるのも. あなたに片思いを寄せられるのも…….

どうして,わかってくれなかったんだろう.私のこと, 当たり屋だって思ってたなんて,悲しすぎるよ.

「……ちょっと,歩きましょう?」

彼の表情を見る.複雑.どうしてここに私がいるのか, なぜあなたに会ったのか,つかみかねているみたいに.

『それじゃあ,並木道の方に行こう.』

私は黙ってうなずいた.

最初で最後の,きらめき中央公園での,デート.

きらめき中央公園は,まだ冬の寒さが残っている. 木々はまだ芽をかたく閉ざし,芝生は未だ茶色のまま. 雲の合間から射す陽の光は低く,澄んだ冷たさを運んでくる.

「私,あなたとこんな風にここを歩くのが夢だったんだ……」

春,あなたのデートに割り込んで人違いの振りをしたのもここだった. あのとき,あなたと歩く藤崎さんを見て,私すごくうらやましくて, 寂しくて,あこがれて…….いつか私も,この並木道を,あなたの隣を歩いて, 遠くからじゃなくて,この距離からあなたを見つめられる日が来てほしい, そう思ってた.そう,こんな風に.

でも…….

彼が私のほんの少し前にたった.

私は不意に目の前が白くなった気がした.想いが爆発しそうだった.

私は思わず……

トンッ.

彼の背中を,抱きしめていた.

一瞬,びくっ,と彼は驚くように身をこわばらせる.

「少しだけ,このままで…….」

私は彼の背中にほほを埋めていた.気づかせないと誓った,誓ったのに.

彼は私の想いをくんで,じっと動かないでいてくれる.それとも, あまりに突然でなにもできないの?

彼の背中は広かった.セーターを通して,彼のぬくもりが伝わってきた. 彼のにおいがする.今まで気にしたこともない,彼のこと.そして, ますます彼が,彼のことが…….

私は思った.このまま悪人になるのもいいと.ここで今,私の本当の気持ちを 全部さらけ出してしまうのもいいと思った.そうすれば,藤崎さんよりも, 愛ちゃんよりも,私は彼に,早く,確実に,この気持ちを知ってもらえる. 私の心の悪魔がささやいた.

でも…….

私は,ゆっくりと,彼の背中から離れた.

彼も,なにも言わなかった.

時間だけが,ゆるやかに,優しくほほに触れるそよ風のように流れてゆく.

小一時間.

きらめき公園の入り口に,ふたりの恋人たちはいた.今日初めて, ふたりきりになって,今日を最後に,また離ればなれになるふたり. 映画のワンシーンになった,ふたり.

ずっと黙ったままだった,ふたり.

「今日は,来てくれて本当にありがとう.」

『今度は,こっちから連絡するよ.』

彼はほほえんだ.彼のほほえみ…….

私の心はまた揺らめく.あなたは……あなたは,優しすぎるよ.まるで, 私のこと,本当の恋人みたいに扱ってくれるんだもん.あなたには, ちゃんと見つめてあげなければいけない女の子が, 私みたいな変な女の子じゃない,ちゃんとした女の子がいるのに.

「……優しいんだ.」

『そ,そうかな?』

そうだよ.……あんまり優しくしないで.あなたのこと,忘れられなくなる. ここから,動けなくなるよ…….もっとそばに,いたいよ…….

「もう少し,早く勇気を出してればよかったな.そうすれば, もしかして……」

そう,結局私は最後の最後まで勇気が出せなかった,恋人失格者. ずっとあなたの注意を引きたがっていた,お間抜けさん. あなたを好きで好きでたまらなかった,悲しい当たり屋コアラ.

そう,私は……

「すてきな思い出ありがとう……」

私の最初で最後の高校の恋の思い出.ずっと片思いだったあなたと, こうして公園でデートした,それは,すてきな思い出.でも,

でも……

本当に,よかったの,見晴?

「すてきな思い出ありがとう,私,あなたが……」

本当に,いいの,見晴?

「あなたが……」

目頭が熱い.だめ,私を,今の私を見ないで!

「さようならっ!」

私は二度と,彼の顔を見なかった.振り返って駆け出した.ほほを熱い想いと ともに涙がこぼれ落ちる.こんな顔,見せられないよ.だって,私……. 決心したんだから.あなたの前では泣かないって,あなたには,私のこと, ほほえんだ私のことだけ,覚えておいてもらうって,決めたから!

大通りを走った.なにも見えなかった.ただ,何かに突き動かされて, 私は力の限り,走っていた.

玄関に飛び込んだ私は,そのまま,そこで崩れて泣いた.生まれて初めて, 胸が切なくて,涙が止まらなかった.いつまでも,涙は止まらなかった. いつまでも,泣いていた.

会えない,でも会いたい,だって…….
あなたのこと,好きだから.
でも…….


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